平成21年度機械クラブ総会講演会(概要)
 
日 時:平成22年3月25日(木)17:20〜18:30
場 所:兵庫県私学会館
講 師:潟_イフク研究・研修センター 取締役社長 井上達男氏(MR回)
    <神戸大学山岳会会長、2009年神戸大学。中国地質大学合同カンリガルポ山群学術登山隊 隊長>
演 題:「未知への挑戦」〜“マテハンシステムの創造”と“ヒマラヤの初登頂”〜
出席者:約70名

講演概要
◇ 人生どう生きる
 私はMQ回生として神戸大学に入学すると同時に山岳部に入部し、本格的登山の道に入った。 折り悪く山岳部では春山で遭難死があり、 家族の心配は大きかったことと思う。 新入生としていきなり山の恐ろしさを知らされ、安全登山の大切さを徹底的に教え込まれたことは その後の登山を事故なく過ごせて今日に至っている大きく大切な経験であった。
 在学中に学園紛争があったが、学校が封鎖されている最中、1968年に神戸大学カナダ・ユ−コン学術登山隊に参加し、アラスカのMt. Walsh 4510mに登頂した。 そこから氷河のある高峰、特にヒマラヤの未踏峰登山に憧れを抱くようになった。 この遠征隊は神戸大学の 公式行事として実施された関係で、長期間授業から離れたために卒業がMR回となった。
 潟_イフクに就職以来、マテハンシステム(Material Handling System)の創造一筋に今日に至っている。 仕事は自動化であり、FA (Factory Auto-
mation)、DA(Distribution Automation)、そしてロジスティクス(Logistics)やSCM(Supply chain Management)など技術の 結集による”無人化への挑戦”である。 もう一つの登山家としては、極力機械化を排除し、地球上の未知なる地域の未踏峰を目指す探検 的登山を目指す”未知への挑戦”である。

 マテハンシステムはそれを活用する事業と結びついて価値を発揮するが、昨今の世の中の変化は大きく全ての事業がパラダイムシフトの 真っ只中にある。 Internetの普及や市場のグローバル化は既存経済の仕組みを大きく崩壊し、新しいパラダイムにおける創造を起してい る。
 マテハンの世界においても個客(個別の客を意識する考えに転換しつつあるので顧客の字句はふさわしくない)対応を軸にしたシステムの 創造が必要となっている。 典型的な例がDell Computerのビジネス・モデルであろう。 ”Build to Order”、”Mass-customization”、 "Direct from Dell”などといった全く新しい生産と流通のしくみが実践されている。 個客対応とは、一人ひとりのお客様のニ−ズに答 えることであり、個客満足を高めるためには人と人の繋がりが重要である。 従来、FAの世界では「良い品、安く、早く」を狙って生産の 仕組みに経営資源を集中させてきた。 しかし、これからは個客サービスを重視する経営が心豊かな社会を創造していく原動力となってい くと思われる。 そこでマテハンは個客サービスに人的資源を集中するために、「ものづくり」や「流通」などのバックヤ−ドの仕事を自 動化、合理化する重要な技術として発展していくと考えている。 日米の先進的なお客様と多数の新時代のマテハンシステムを創造する機 会に恵まれて今日に至っているが、残された仕事人生では次世代に焦点を当てて「創造」できる人材を育成していきたい。

 登山の方は、1974年、1976年に神戸大学カラコルム遠征隊に参加し、処女峰シェルピ・カンリ7380mに登頂隊員として初登頂に成功し、長 年の夢を実現することが出来た。 その後、多忙なビジネス生活に追われていたが、生涯1000山登山を目標にこつこつと登り続けて、現在 665座に登ることが出来た。 60歳を過ぎて、このたび神戸大学山岳会・山岳部悲願の未踏峰である東南チベット、カンリガルポ山群”ロ プチン峰”初登頂のお役に立つことができた。 遠征登山は多くの人々の支援により成り立つが、頂上に立てるのはほんの一握りの隊員で あることが多い。 私も若いときにその栄光に浴したわけであるが、今度は隊長として若い人に登頂の喜びを味わってもらうとともにご支 援いただいた大学を筆頭に多くの卒業生や職場の方々の応援に答えることができた。
 神戸大学山山岳部には伝統的に「立派な登山家である前に良き社会人であれ」という厳しいモット−が存在している。 すなわち、学生 は勉学に勤しみ、社会人は職場でしっかりとその責務を全うして、遠征に参加するときには快く送り出してもらう必要がある。 会社を辞 めて参加するなどは許されない。
 昨今の先鋭的クライマ−にはフリ−タ−やアルバイトで登山資金を溜めて困難な岩壁や既登峰のバリエーション・ルートの冒 険的登山を目指す若者がいるが、マスコミや世間も彼らを持て囃す傾向がある。 神戸大学山岳部はそのような流行は追わない。  未知なる地域の研究や探索から始めて対象の未踏峰を定め、しっかり準備をし、トレ−ニングを積んで安全な登山を目指す。  遠征登山に参加した者は想定外の様々な障害を乗り越えて目的を達成するというすばらしい経験を得る。 また、異文化とも 触れ合い、グロ−バルに活躍できる資質も身につけることが出来る。 長期間休むことは職場やクラスでご批判もあろうが、 人材育成には又とない機会である。
 私は、仕事、家庭、そして登山、どれも手を抜かずにしっかりやって心豊かな人生を送りたいと思って今日までやってきた。 家 庭を守ることには触れなかったが、このような人生を送ることを許してくれている妻と子供たちには心から感謝している。

◇白鷹の峰 ロプチン(KG-2) 6805m 初登頂 <<以下の画像をクリックすると画像が拡大され ます>>
 −神戸大学・中国地質大学(武漢)合同カンリガルポ山群学術登山隊 2009 −
 カンリガルポ山群はツァンポ−川の大屈曲点付近から始まり東南に約280kmに及ぶ山脈を構成している。 20世紀初頭 に西洋人の探検でその存在が明らかにされたが、近年探検時代がようやくその幕を閉じようとしている。 しかし、このたびKG-2 峰の初登頂がなされるまで、30座を越す6000m峰すべてが未踏峰のまま残されているという現代における未踏の地であった。
 2009年11月5日、神戸大学・中国地質大学合同カンリガルポ山群学術登山隊は、カンリガルポ山群阿扎氷河(Ata Glacier)、三姉妹峰の中 央峰KG-2(6805m)の初登頂に成功し

阿扎氷河(Ata Glacier) 三姉妹峰
た。 最初に頂上に達したのはチベット人学生、徳慶欧珠(Deqing Ouzhu)と次仁旦塔(Ciren Danda)の2人であった。  引き続き11月7日、矢崎雅則と近藤昂一郎の二人が頂上に達した。 この山群にようやく初登頂の時代が訪れた。
☆隊の構成 17人
 ・日本側(7人) 実行委員長山形裕士(59:
  農学部教授) 隊長井上達男(62) 副隊
  長(秘書長)山田健(54) 登攀リーダー 山
  本恵昭(51) 隊員矢崎雅則(35) 近藤昂
  一郎(23:理学部大学院学生) 石丸祥史
  (19:農学部学生)
 ・中国側(10人) 隊長董範(Dong Fan)(49
  教授) 副隊長牛小洪(Niu Xiaohong)(41)
  副隊長李倫(Li Lun)(32)  隊員 徳慶欧珠
  (Deqing Ouzhu)(22:学生、チベット) 次仁
  旦塔(Ciren Danda)(22:学生、チベット) 袁
  復棟(Yuan Fudong)(24:学生) 張瑜(Zhan
  Yu)(24:学生) 李生鵬(Li Shengpeng)(29:
  大学院学生) 張群(Zhan Qun)(24:学生)
  宋紅( Song Gong)(20:学生)

カンリガルポ山群の位置
☆ KG-2の山名について
 この山にはまだ名前がなかった。 現地の呼び名があればこれを最優先に命名したいと考えていた。 このたび、現地での議 論の結果、以下のように名前が確定した:
     日 本 語    ロプチン 峰
     英語表記    Mt. Lopchin または Lopchin Feng
     中国語表記  洛布青峰 Loubuqin Feng
 ロプチンはチベット語で " 雄鷹"、"勇敢"、"智慧"と"大学(University)"の意味。 「白鷹の峰 ロプチン」と呼ぶように考え ている。
☆ ロプチン峰の標高 6805m
 高さは旧ソ連の地図では6703mとなっているが、頂上でGPSは6805mを示していた。 中国チベット登山協会もこの6805m を認定して登頂証明を発行してくれた。
☆ 登山活動概要
10月10日 本隊関西空港出発
10月12日 武漢出発、空路拉薩へ入域
10月17日 拉古(Lhagu)村に四輪駆動車とト
       ラックにて到着
10月18日 ヤク23頭とともにベースキャンプ
       BC(4320m)設立
10月20日 Depo-Camp(4440m)建設
10月24日 ABC(4660m)に集結
10月29日 Camp-1 (4890m)建設
11月01日 Camp-2 (5680m)建設
11月04日 第一次、第二次アタック隊C-2へ
11月05日 中国チ−ム 第一次アタック 徳
       慶欧珠、次仁旦塔の二人が登頂
11月07日 日本チ−ム 第二次アタック 矢
       崎雅則、近藤昂一郎の二人が登
       頂
11月11日 BC撤収 拉古帰還
11月13日 拉薩に帰還
11月19日 中国地質大学(武漢)にて報告会
11月27日 帰国

     

ロプチン峰 登山ルート図
  
      C3から見るKG-33(約6380m)             カンリガルポ山群の最高峰 若尼峰(Ruoni 6882m)

昇る朝日に輝く峰々と沈む満月−“白鷹 の峰 ロプチン(KG-2)”6805mとKG-3 6726m